2001年結婚式をあげた当日
しばらく日本に帰国できなくなるという
派手なオープニングで私たち家族の波乱万丈人生は始まるのでした( ;∀;)
妊娠中は神奈川県に住んでいました。
エコー写真を撮るたび
端っこにしか映らない娘に
産婦人科の先生が
「こだわりが強い子だね・・・」
と言っていました。
「そうですか」といつも軽く受け流していましたが
もうお腹にいた時から
片鱗は見せてくれていた様ですw(°o°)w
無事出産しましたが
泣きもせず静かに生まれ
助産師さんに背中を叩かれて
やっと泣いていました。
出産後は主人の仕事の都合で
0歳から2歳まで群馬県に
住むことになりました。
生まれたての娘と主人と駅に降りた瞬間
駅前の水商売の看板が一面広がる光景に
( ゚Д゚)衝撃を受けながら
入居することになった社宅に向かいました。
新居の社宅に着き荷物を降ろすとインターホンが鳴りました。
管理人さんかと思ったらまさかの警察Σ(・□・;)
「昨夜、目の前のスーパーで殺人事件がありまして・・・」
引っ越しの荷物のトラックを待ちながら、夫婦で職務質問に答えることに。
治安の悪さに少し不安を覚えながらも群馬県での生活がスタートしたのでした。
娘はというと夜泣きがすごくて
神経質な感じでしたが
成長過程はそんなに気にするほどではありませんでした。
ただ1歳過ぎた辺りから
あやしても笑わない。
母に預けて外出から帰っても私の存在に気が付かず通り過ぎていく・・・
「自閉症」が頭によぎっていました。
しかし赤ちゃんサークルで知り合ったママたちが30代か20代前半のギャルママしか
おらず、中途半端な年齢の私は
いつの間にかギャルママたちに囲まれあだ名をつけられ(笑)
ゆきぽよ~みたいな・・・感じで呼ばれていました。
ギャルママ達のノリの軽さで娘の発達の遅れに悩む事も薄れ0歳〜2歳は
面白おかしく過ごすことが出来ました。
1歳半検診の時も「言葉が出ておらず、指差しもしません」と相談しましたが
「気にしすぎ亅と言われ、少し安心していたところに
真面目な主人が案の定、田舎のノリと治安の悪さについていけず
娘が2歳の誕生日を迎えた次の月にまた神奈川に戻ることになるのでした。
群馬といえば 雷と空風 義理人情 「上毛かるた」
私は群馬好きでした。ダルマ弁当、突然の雷雨や空っ風に負けないタフで優しい
ママたち。つるの地形、ブラジル人、イオン 楽しい思い出ばかりです。